Cookieが消えても、実は広告は困らない

「そろそろ、あの数字が使えなくなる」。

新しい仕組みを追い続けてきた広告運用

広告の現場で、そんな会話が交わされるようになって久しいですよね。ブラウザの仕様変更、プライバシー保護の強化、サードパーティCookieの縮小。個人を追いかけて広告を出す仕組みは、少しずつ足場を失いつつあります。

これまで多くの広告担当者は、その時々で登場する「新しい仕組み」に乗り換えながら、広告の精度を上げてきました。Cookieを使った個人データの活用も、登場した当初は最先端の手法として広まったものです。新しい技術が出るたびに飛びつき、効率を上げていく。それが「先を行く運用」とされてきた時代が、たしかにあったように思います。

その前提が、いま静かに揺らいでいます。ターゲティングの精度が落ちる、リーチが読めなくなる、成果が可視化しにくくなる——そんな懸念が、あちこちの会議室で交わされているようです。担当者の間では、「これまで通りのやり方が通用しなくなる」という空気が広がりつつあります。

だが、本当にそれだけの話でしょうか。広告にとって、それを単なる「損失」と片付けてよいのかどうかは、実はあやしいところです。むしろ、この変化をきっかけに、広告のあり方そのものを見直す余地がありそうです。

不安の声が広がる一方で、多くの現場が急いで探しているのは「次の新しい仕組み」です。Cookieの代わりになる、また別の新しい技術・新しい指標を追いかけようとする動きも目立ちます。ただ、急いで乗り換え先を探すあまり、そもそも「新しい仕組みを追いかけ続けること」自体がはらんでいた不安定さには、あまり目が向いていないのかもしれません。

「積み重ね」という置き去りにされた視点

ここで一度、立ち止まって整理してみましょう。

そもそも、新しい仕組みに乗り換え続けるという広告運用のあり方は、何かを代償にしてきたはずです。

答えのひとつは、「積み重ね」ではないでしょうか。

新しい技術・新しい指標に乗り換えるたび、広告運用はその都度、一から作り直されてきました。前の仕組みで培った勘所やノウハウは、次の仕組みに移った瞬間、あまり役に立たなくなります。効率を追い求めるあまり、「同じ場所で、同じ読者と、時間をかけて関係を積み重ねる」という視点は、後回しにされがちだったように思います。仕組みさえ新しければ、そこにいる読者との関係の積み重ねは二の次でよい——そういう発想が、業界の「当たり前」として根を張っていたのかもしれません。

しかし、広告が届くかどうかは、どれだけ新しい仕組みを使っているかだけで決まるわけではありません。同じ読者に、どれだけ繰り返し、どんな文脈の中で出会ってきたか。初めて訪れた場所と、何度も通っている場所とでは、同じ広告でも受け取られ方はまったく違いますよね。この「積み重ね」こそが、実は広告の効き方を大きく左右してきた変数だったように思います。

ところが、新しい仕組みを追いかけ続ける運用は、この積み重ねへの感度を鈍らせてきた側面があります。「いま最先端の仕組みに乗っている」ことさえ担保できれば、「その場に読者との関係がどれだけ積み上がっているか」は問わなくてもよい。新しければ積み重ねは要らない、という発想は、規制が本格化する以前から、静かに広告の土台を薄くしていたのかもしれません。最新の仕組みを追い求めるあまり、この「関係の積み重ね」を大事にする努力が後回しにされてきたのだとしたら、それは規制とは無関係に、もともと見直されるべき歪みだったと言えそうです。

だとすれば、Cookieが使えなくなる世界は、失うものだけの世界ではありません。新しさという言葉の裏で置き去りにされてきた問いを、業界にもう一度突きつける契機でもあるように思います。

「なぜこの媒体か」という問い

ここで、広告担当者に問いたいことがあります。

いま出稿している媒体を、なぜ選んでいるのでしょうか。「いま話題だから」「新しい仕組みに対応しているから」という理由を抜きに、その媒体を選ぶ理由を説明するのは、意外と骨が折れるものです。

「新しい仕組みに乗っているから」ではなく、「この場所で、この読者と、積み重ねてきた関係があるから効く」と言い切れる媒体は、手元にそう多くはないはずです。多くの担当者にとって、この問いに即答するのは思いのほか難しいことでしょう。

いま使っている技術・指標が読みにくくなったとき、代わりに何を拠り所にするのか。この問いに答えを持たない広告主は、次の仕組みが登場した瞬間、また一から出稿先を選び直すことになりかねません。

一方で、もともと読者との関係を積み重ねてきた媒体は、この変化をそれほど恐れていないようです。読者が「新しい仕組みに引き寄せられて」ではなく、「何度も通っているから」そこにいる場は、個人データが使えなくなっても揺るがない土台を持っています。積み重ねてきた関係そのものが、ターゲティングの代わりを果たしてくれるからです。

規制は、広告の設計思想を、新しさを追う運用から積み重ねを大事にする運用へと静かに押し戻しているように思います。その転換に、すでに足場を持っている媒体があるとしたら。逆に言えば、その足場を持たない媒体は、これから急いでそれを探すことになります。どちらの側に立つ広告主でいたいか、いま一度考えてみる価値はありそうです。

書店という場に根ざした積み重ね

「本コレ」アプリには、何かを探しに来たという、はっきりとした目的を持つ読者がいます。

こうした「積み重ねてきた関係」を最初から持っている媒体は、実はそう多くありません。ニュースサイトもSNSも動画プラットフォームも、基本的には仕様変更のたびに読者との接点が組み替えられていく場所です。そこに対して、書店という空間は少し性質が違います。

読者は同じ棚に、同じ目的を持って何度も足を運ぶ人であり、そこにいる時点で、すでに一定の積み重ねを共有しているからです。何かを探しに来た、また読みに来た、また戻ってきた——そういう繰り返しの中で、広告主と読者をつないできました。

これは新しい技術に依存した仕組みではなく、「読者と積み重ねてきた場」というファーストパーティの関係そのものに支えられた仕組みです。Cookieの規制が強まっても、この積み重ねは失われません。むしろ、他の多くの媒体が仕組みの変化に振り回される中で、書店という場所を持つ媒体自体の希少性は、相対的に増していくはずです。

新しい仕組みを追い続けることだけが広告の目的でないなら、一度、積み重ねという切り口から出稿先を見直してみる価値はありそうです。規制の波を「対応すべき面倒事」として捉えるか、「本来の広告の姿に戻る機会」として捉えるか。その捉え方の違いが、これからの成果を分けていくのかもしれません。

「本コレ」アプリの広告メニューについて、詳しくはこちらから

関連記事一覧